Chess playing

チェスの歴史 History

  • ※本記事は、2020年2月時点での執筆者の独学の範囲で知りえている情報であり、実際の研究・学会等の正確な情報、または実証主義に基づいた歴史研究の結果、内容が異なっている、誤っている点が存在する可能性がありますのでご注意下さい。
 チェスの歴史は非常に古く、チェスの原型になったと言われている古代インドの娯楽の「チャトランガ」までさかのぼる事ができます。
 この「チャトランガ」というのは、いつ頃から存在していたかについては、1900年代からの歴史研究で様々な考察が出ては変節し、以前では紀元前327年頃には存在していたという説もありましたが、現在では信憑性があいまいである状況の為、現在では11世紀頃にはほぼ確実に存在していたものと考えられています。
  • ※なぜ、ここまで世紀跨ぎで変化したかというと、紀元前327年頃の説はチャトランガと似た別の、またはチャトランガの原型の、もしくはチャトランガの別のルール形式のボードゲームの可能性が高い、と考えられている為です。また、こちらがチェスの原型なのでは?という説もあります。
 このチャトランガは正確なルールは現在では不明な点が多いのですが、チェスのような2人で遊ぶ二人制と、麻雀のように4人で遊ぶ四人制が存在していたと考えられています。
 そしてチェスは、この二人制の方がモデルとなったと考えられています。
 かつては古代インドのチャトランガ、もしくはチャトランガの原型のボードゲーム(おそらく紀元前327年頃説の遊戯)が、インドから、7世紀のサーサーン朝時代のペルシャへと伝わり、そこからアラビア語圏に伝わっていき、アラビア語訛りで「シャトランジ」と呼ばれ、アラブ地方で広く親しまれましていたという資料が散見されています。
 その資料も、説話などなので信憑性は絶対とは言えませんが、日本で比較的知名度がある「千夜一夜物語(アラビアンナイト)」の話集の『オマール・アル・ネマーン王とそのいみじき二人の王子』などにも、シャトランジの存在が語られています。
 そこからシャトランジ(チャトランガ)は、2つの伝播していくルートの説を持ってヨーロッパへと伝わったと考えられています。
  • 1つめは、アンダルスからコンスタンティノープル、そしてシチリアを経由したルート。
  • 2つめは、カスピ海沿岸からロシアをめぐり伝播したルート。
 この2つのルートをたどり、ヨーロッパへと伝わった後に、このシャトランジ(チャトランガ)は、更に現地の言語の訛りを経て「チェス」という名前になったと考えられています。
 それは、中世ペルシア語で王に相当する言葉の「シャー(shah)」が、ドイツ語の「シャッハ(Schach)」、英語の「チェス(chess)」、フランス語の「エシェク(échecs)」などの訛りを経た、と考えられており、チャトランガで勝敗が決した状態の「シャーマート(شاه مات‎ - Shāh Māt)」というペルシア語が、英語で訛り「チェックメイト」の語源になったと考えられています。
 この伝わったばかりの頃から1、200年はそれぞれの国で統一されたものではなく、ローカル的なルールの違いはあったらしいのですが、骨子は基本的に変わっておらず、13世紀後半頃には、今で言うイタリアのロンバルディア州の辺りの土地の出身である修道士ジャコブス・デ・チェッソリスという方が出版した、チェスのルールをまとめた「The Game of Chess」がヨーロッパ圏で聖書に次ぐほどの人気のある書籍となり、幅広く親しまれ、ヨーロッパの15か国の言語に翻訳された後には、多くの増補や改稿がなされつつ、1445年頃にヨハネス・グーテンベルクが活版印刷術を発明してからは、史上2番目に印刷された英語の本となっています。
  • ※「The Game of Chess」は、チェスのルールだけではなく、当時の時代の王族や騎士、そして庶民といった社会集団の行動規範についても書かれた書籍であり、そこも絡めながらチェスとの相対性をふまえた内容の書籍とされています。